次世代医療立ち上げのための基盤を作る(東北大学東北メディカル・メガバンク機構アレイ戦略室 檀上稲穂氏)-「NEXT」2018年10月号掲載

次世代医療立ち上げのための基盤を作る(東北大学東北メディカル・メガバンク機構アレイ戦略室 檀上稲穂氏)-「NEXT」2018年10月号掲載

日本人15万人の精密なゲノムデータ整備と社会実装への戦略的アプローチ

檀上稲穂 氏 東北大学東北メディカル・メガバンク機構准教授、アレイ戦略室室長

未来型医療を築いて震災復興に取り組むことを目的に東北大学に設置された「東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)」。2014年から全ゲノム解析用のカスタムアレイとしてジャポニカアレイ®※1の開発および社会実装を進めています。檀上稲穂氏が室長を務める「アレイ戦略室」は、東北メディカル・メガバンク計画の目標の一つであるゲノム情報に依拠した個別化予防・個別化医療の実現のための解析戦略の立案が主な業務です。「未来型医療実現のためには、コホート参加者15万人の全ゲノム情報が必要であり、このアレイはそのためのパワフルなツール」と檀上氏は語ります。

ジャポニカアレイの特徴は、機構が構築した日本人全ゲノムリファレンスパネルを用いて日本人ゲノムの多型パターンを反映した約66万SNPを搭載し、その情報を基に、全ゲノムの多型パターンを2000万SNP程度まで高精度に推定(インピュテーション)できる点。ジャポニカアレイ開発に至る経緯や今後の展開を檀上氏に伺いました。

日本人のゲノム特性を反映したカスタムSNPアレイの開発

「2013年に機構へ移った当初は、次世代シーケンサのデータ精度をアレイで確認することが担当でした。ところが担当部署が半年かけて千人分の全ゲノムシーケンスを終える頃、このままシーケンシングを続けて15万人分のデータを揃えることの現実性が揺らいできました。いろいろと調べたところ、『国際千人ゲノムプロジェクト』などで、アレイデータを全ゲノムリファレンスデータと照合して補完することで精度の高い全ゲノム多型データを得る『インピュテーション』という方法があることが分かりました。そこで実際に数千SNPを搭載した小規模なカスタムアレイを作製して試してみたところ、ポジティブな感触が得られたので、機構を挙げて2014年度から日本人のゲノム特性を反映したフルカスタムのアレイの開発に取り組むことになりました。アレイのプラットホームには、高い処理能力と全自動解析が可能な点を評価してAxiomeアレイ※2を採用。このシステムだと1台あたり1週間で96サンプルを4回程度処理でき、次世代シーケンスよりも100倍近く高速です。しかも安価で全ゲノム相当の解析が実現する可能性があります。

2014年秋には、約66万SNPを搭載したジャポニカアレイを設計し、同年12月から企業を介して社会実装を進めています。2016年度には改良版(ジャポニカアレイv2)を設計し社会実装するとともに、このアレイを用いてToMMoコホート検体のゲノムデータの大規模取得および解析を開始しました。2017年からは、機構が解析した全ゲノムリファレンスデータで全ゲノムの多型パターンを高精度にインピュテーションするサービスにも取り組んでいます。ジャポニカアレイデータをインピュテーション、ゲノムワイド関連解析(GWAS)と組合わせて解析することにより疾患研究ではすでに成果が出てきています※3。2018年度末にはToMMoコホート15万人のうち11.5万人についてジャポニカアレイv2でのゲノムデータの取得が終了予定です」と檀上氏は語ります。

ゲノム研究の面白さに魅せられて

ゲノム解析やマイクロアレイとの出会いを、檀上氏に伺いました。「大学卒業後、企業の研究所にテクニシャンとして就職しました。最初は研究者になるつもりはなかったのですが、研究現場で仕事をするうちに、自分の興味のある分野をもっと深く掘り下げてみたくなり、6年後に退職して1992年に大学院に入学しました。大学院では、生命現象の根幹に触れたいという思いから、国立遺伝学研究所の藤山秋佐夫先生のもとでシグナル伝達機構を研究。当時は、タンパク質を1つずつ精製してタンパク質間の相互作用を生化学的に解析する手法が一般的だったので、私は湿重量10キログラムの分裂酵母から標的タンパク質を精製することに。ずいぶん体力があると思われたようです(笑)」。

一方、1980年代後半から1990年代初め頃までに、米国主導でヒトゲノムの解読計画が立ち上がり、後年日本も参画することになります。藤山氏の研究室はいち早くこのプロジェクトに関わり、檀上氏は博士課程修了と同時にゲノム研究分野へ。情報伝達の下流で転写制御される遺伝子群を網羅的に解析する「網羅的遺伝子発現解析」というテーマを希望します。「今で言うトランスクリプトーム解析ですが、1995年当時は多細胞生物を研究対象とするには技術的に難しく、遺伝子重複やイントロンがほとんどないことが知られていた分裂酵母を使いました。現代のマイクロアレイのプロトタイプのようなものを自作し、分裂酵母全ゲノムの遺伝子程度であれば解析可能という手応えを得ました」と檀上氏。「多細胞生物にも応用したかったのですが、ゲノムデータベースは未整備であり、また、日本のサイエンス業界にはゲノム解読に否定的な研究者が多かったため、この方法での解析は続けられませんでした。ただし新しいゲノムサイエンス分野が勃興していく勢いとその熱気を当事者として体験しました。異分野の統計学や情報科学の若手研究者との交流もとても新鮮でした」と振り返ります。

その後、2000年に開始されたミレニアム・ゲノム・プロジェクトにより、国立がん研究センターで、当時開発されたばかりのGeneChip※2というマイクロアレイを使ってがんの網羅的遺伝子発現解析を実施。「がんごとに異常発現する遺伝子が異なること、異常発現する遺伝子の多くが情報伝達や細胞分裂などに関わる遺伝子であることが明確に示され、その成果は分子標的治療薬の実現へつながっていきました」と檀上氏は語ります。さらに2005年には理化学研究所バイオリソースセンター(理研BRC)へ移り、南米少数民族コレクションの血液サンプルからのゲノムリソースの整備を担当します。「このコレクションは南米の純粋な先住民族で、既に滅亡した部族も含まれ、希少かつ貴重です。ここから不死化細胞を樹立していく過程で、正確で詳細な付随情報の付帯と樹立した細胞株の品質維持の重要性を学びました。その考え方は、現在のバイオバンクの構築とも共通するものがあります」と続けます。

若い研究者へ、そして今後の展開

若い研究者の方には、「現代は研究のためのインフラやリソース、外注サービスが充実し、ある程度の研究資金があれば、『解析結果を買う』ことができる時代に突入したとも言えます。その中で、少なくとも、自分が扱っているデータが取得された実験原理を理解しその実験原理の技術的な限界と問題点を理解する、データ解析に用いる統計手法の原理を理解し得られた解析結果が妥当であるか判断する、といった努力をするべきだと思います。腐った材料を調理しても、食べられる料理を作ることはできませんからね」と檀上氏は語りかけます。

さらに「アレイ開発では、今後はもっと多くの疾患関連SNPを探索・同定し搭載していきたいと思っています。従来の新薬開発や副作用研究の主な対象は欧米人でした。しかしゲノム上の連鎖不平衡ブロックや疾患に関連するSNPの遺伝子座は、人種や民族でしばしば異なります。日本人のゲノム特性を反映したアレイをさらに洗練させ、このアレイを活用した研究の勢いをさらに加速させたい。私たちが目指す次世代医療には、疾患のなりやすさ、病気になった時の重篤度の予測、薬の奏効性、もしくはその副作用の予測が含まれています。さらに研究を進め個別化予防、個別化医療のための揺るぎない基盤を作っていきたい」と檀上氏はこの先を見据えます。

檀上稲穂( だんじょう いなほ)埼玉大学理学部卒業(1985年)、総合研究大学院大学生命科学研究科修了(理学博士、1995年)。Max-PlanckInstitute of Psychiatry Post-Doctoral Fellow、国立がんセンター疾病ゲノムセンター任期制研究員、理化学研究所バイオリソースセンター任期制研究員を経て、2013年4月より東北メディカル・メガバンク機構講師、2017年4月より同機構准教授。専門は、分子生物学、生化学、ゲノム科学。

※1 ジャポニカアレイ®は、国立大学法人東北大学の登録商標であり、COI東北拠点の実装成果です。
※2 当時アフィメトリクス社製、現サーモフィッシャーサイエンティフィックが製造販売。
※3‘ NUDT15 codon 139 is the best pharmacogenetic marker for predicting thiopurine-induced severe adverse events in Japanese patients with inflammatory bowel disease: a multicenter study.’Kakuta Y, et.al J Gastroenterol. 2018 Jun 19 (NEXT No.46に関連記事を掲載)

ライフサイエンス情報誌「NEXT」

当記事はサーモフィッシャーサイエンティフィックが発刊するライフサイエンス情報誌「NEXT」2018年10月号からの抜粋です。
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